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山田川シリーズ(3) まむしの温情(1)

まむしは日本内地に棲む毒蛇で、頭は長三角形、背面に黒くふちどられた丸い暗色斑が交互にならんでいます

 山田川の水源地一帯や下流の沿岸は、まむしの生息地になっていることは、人々によく知られているところです。

 

 ことに十数年前、田原地区に白鷺カントリークラブが造成された当初、生息地を奪われたまむしの群が山田川沿岸に出没し付近の人々をおびやかしていたことは多くの人の知る所でした。また水源地の近くに住む人のなかには「まむしとりの名人」と呼ばれる人が現在でもおり、マムシ酒などをつくり強壮剤として利用されています。

 

 さて、昔々の話です。秘境、山田川水源地のあたりには、たくさんのまむしが住んでおり、春先になると毎年かならず一人や二人は、この毒蛇の犠牲(ぎせい)になってしまいました。この地の人はどのようにしてしずめてよいやら頭をいためておりました。春先の雨上りのポカポカした暖かいある日、水辺に近い草むらに一匹の大まむしがひなたで気持よくひる寝をしておりました。するとこの暖かさでまむしの腹の下にあったチガヤの芽が急に伸び出し、たちまち腹を突き破り上に出ましたから、さあ大変です。大まむしは苦しみもがき、仲間も集まりましたが手が出ませんでした。さて、このさわぎはどうなったでしょうか。次号に。

(つづく)

 

昭和54年(1979)10月20日 第117号掲載

山田川シリーズ(4) まむしの温情(2)

山田川の清流=下田原地内

 チガヤの芽に腹を突き抜かれた大まむしは、苦しんでいました。するとどうでしょう、この暖かさで今度は大まむしの腹の下にあったゼンマイが急に軟らかい芽をふき出し、苦しんでいるまむしの腹を持ち上げましたから、たちどころにチガヤの芽は抜けて大まむしの命は助かりました。

 

 全く奇跡と言うよりほかはありません。この思いがけない出来事があってから、このあたりのまむしは温かい情を知り、村人たちにかみつかなくなったとのお話です。

 

 しかし、まだ油断はなりません。まむしは水辺に近い草むらを好み、ネズミ・カエルなどを捕食しています。卵胎性で数匹の子を一回に生みますが、出産時には子が親の腹を突き破って出ると言われ、この時期になると親まむしは痛さに耐えかね人の通る路上などに待ちかまえてかみつき、その力で子を生むものだと言われ、人の命を奪う程の強い毒性を持っています。

 

 こんな毒蛇も町内に生息しているわけです。昭和20年(1945)ごろまでの農民の働く姿は、紺の股引に手指しが一般のあり方でした。この姿こそ、まむしが極度にきらったもので、まむしよけとなっています。

 

昭和54年(1979)11月20日 第118号掲載

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