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山田川シリーズ(15) むかし神木、いま床柱(1)

山田川おくまん渕から引き上げたという床柱

 宇都宮市内に老舗(しにせ)の蒲焼(かばや)きの料亭があり、人の話によると、その店が繁盛しているのは、前号で紹介した山田川の「おくまんさま」の御神木(しんぼく)が床柱になっているからだとのうわさがあるので、早速(さっそく)取材して見ました。

 

 商売のじゃまになってはと、平日の午前中に訪ねました。ところが大勢の従業員は、うなぎ料理やお座敷準備の真最中で、話もできない忙しさ、それでも御主人は丁重(ていちょう)に床柱を見せてくださいました。

 

 話によると、先祖は田川べりの押切橋のたもとで、川魚商をやっていたが、明治の初期、祖父の代に現在地に開店したといわれます。

 

 ウナギの話になりますが、永い間、正体のはっきりしなかった産卵場所も、日本の場合は沖縄宮古島南方の琉球海溝だといわれています。深海で卵からかえり、やがてシラスウナギとなり群生で河川をのぼり、体長約10cmになると淡水の小川や湖沼に定着して成長し、数年ほど過ごしたあと、やがて再び生れ故郷の海溝に戻る旅暮らしの一生でもあります。

(つづく)

 

 

昭和55年(1980)10月20日 第129号掲載

山田川シリーズ(16) むかし神木、いま床柱(2)

前号で紹介しました宇都宮にある老舗(しにせ)の「蒲焼(かばやき)」の料亭のお話のつづきになりますが料理も、「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」と言われるように、本格的な蒲焼きも奥義(おうぎ)を極めるのは大変なものらしいです。

 

 さて、その料亭の床柱は、直径1mに及ぶ杉の大木で、うろなども見られ、すっかりみがきぬかれ、座敷に構えられた姿は見事なものでした。

 

 下組の渡辺康之助さんにお話をお聞きすると、「おくまん渕より引き上げられた杉の大木が、宇都宮市内の料亭の床柱になっていることは、よく知っています。あんな大木が山田川の流木となってくることも考えられません。山田川に臨(のぞ)む「おくまんさま」には以前杉の大木が茂り、これに太い藤が巻きつき、子供たちには恐ろしいような場所でしたから、あの床柱は「おくまんさま」の御神木(しんぼく)に相違ないでしょう。」と若かりし時代を思い出してのお話でした。

(つづく)

 

 

昭和55年(1980)11月20日 第130号

山田川シリーズ(17) むかし神木、いま床柱(3)

 おくまん渕には太平洋戦争前後から、古木が沈んでいることが地元の人たちに知られておりました。大木でもありますので、容易には引き上げることもできません。地元の人たちの話を総合すると、昭和20数年頃有志の話し合いで引き上げて見ることにしたということです。

 

 何しろ深い渕の大変な仕事でした。当時その様子を見ていた人の話では、「カグラ」とよぶ巻き上げ機の滑車(かっしゃ)を利用する大仕掛で引き上げて見ると、杉の古木の見事なものでした。さて一休み、酒の一杯でもと言うところ、通りかかった人と取引き話になり「いくらでもいいよ」とのことで清酒二升で商談成立とは、欲も得も考えなかった当時の話です。

 

 この古木も材木商と再取引き後みがかれ、老舗(しにせ)の床柱になったとき、当時の価格で三十数万円だったとは知る人のうわさです。

 

 料亭の御主人にお伺(うかが)いすると「昭和26年(1951)父のやった建築なので詳しいことはわかりませんが、あの床柱が山田川の流れにあったことは知っております。最初は東京の木場に出荷、買手がなく戻った話を聞きました。値段については皆目わかりません。」とのことでした。

 

 

昭和55年(1980)12月20日 第131号掲載

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