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路傍の神々(44) 和久の大杉神社

 土地改良の行なわれた田圃(たんぼ)には、収穫と共に春までの静けさが戻って来ました。和久(わぐ)の北東部鬼怒川の堤防が見えるあたりに今回訪ねる大杉神社が神木に囲まれて景観を作っています。

 

 大杉神社は、茨城県稲敷郡桜川村阿波(あば)に鎮座(ちんざ)する大杉神社を本源として、「大杉様」、「阿波(あんば)様」と呼ばれ、各地で信仰されています。

 

 現在は様々な交通機関の発達によって、私達の生活も豊かになりましたが、明治時代以前の交通は街道等を利用したものと、鬼怒川などを利用した舟運(しゅうん)の、大きく二つが考えられました。

 

 それぞれの交通手段によって経済交流や新しい文化がもたらされて、地域が大きく発展したことは今も昔も変わりません。

 

 

 

 しかし、物や人の交流により悪い習慣や疫病(えきびょう)が地域に入ることも大きな問題でもありました。

 

 特に疱瘡(ほうそう)(天然痘)は一度流行すると大流行となって人々を大変苦しめました。

 

 疱瘡は河川を伝って流入します。茨城県の大杉神社は、利根川・鬼怒川・小貝川流域に多くの末社を有する、疱瘡を鎮(しず)める神様として篤く信仰されています。

 

 1796年、イギリスの外科医ジェンナーによって種痘が行なわれて以来、予防法が確立して、日本では昭和50年(1975)を最後に、世界では昭和55年(1980)5月にアフリカのソマリアでの発症例を最後にWHO(世界保健機関)から疱瘡の根絶宣言が行なわれました。

 

 和久の大杉神社がいつ頃に祀られたかは不明ですが、鬼怒川の豊かな恵みと、洪水や疫病の恐怖といつも向かい合っていたことは確かだと思います。

 

 疫病に苦しまれた先祖を想い手を合わせました。

 

 高さ142cm 石造

 

平成8年(1996)11月20日 第322号掲載

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