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路傍の神々(68) 和久の石幢

 日足の短さに冬の近さをカサカサと感じる頃、和久(わぐ)集落の中心にある公民館、通称「お寺」を訪ねました。

 

 今回は境内石仏群の中から、八角形をした石幢(せきどう)を訪ねます。

 

 石幢の名称は、寺院の須弥壇(しゅみだん)(お寺の仏壇)脇(わき)に飾られている細長い布製の幢幡(どうばん)が六組または八組を合わせた形として石造物に表現されたものです。

 

 栃木県内では小山市満願寺の文治4年(1188)の六面石幢が最初とされています。

 

 河内町でも現在までに数基が確認され、逆面(さかづら)・東下ケ橋(さげはし)・和久などに存在し、時代的には江戸時代から明治時代に造立されました。

 

 和久の石幢は、八角形の単制で、幢身の正面には如意輪観音、左右の三面に六地蔵を半肉彫りにして、裏面に銘文があります。

 

 

 

 銘文は

 

「天保十三年壬寅二月吉日」とあります。

 

 基礎の部分は豪華な台座で、右側に、「女人講中」とあります。

 

 幢身の六地蔵は雲に乗っているのも特色の一つです。

 

 中心に如意輪観音があることから十九夜講(女人講)が、主となって造立したと推定できます。

 

 六地蔵は「この世」と「あの世」の二世を安楽に過ごせるようにという思いが籠められています。

 

 天保13年(1842)は次第に外圧が加わり、天保の大飢饉の余波が残り、社会不安が増幅した時代でもあります。

 

 何か今の時代と通じるものがあると思い、石幢を見ながら静かに祈る強い心が必要な時でもあると思いました。

 

 高さ175cm

 

平成10年(1998)11月20日 第346号掲載

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