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路傍の神々(14) 天王原の猿田彦大神

 河内町農業改善センターに隣接する、町民テニスコートのフェンスの外側に、天王原の庚申山と呼ばれる一郭(いっかく)があり、今回訪ねる「猿田彦大神」があります。

 

 猿田彦は古事記・日本書紀の国津神(くにつかみ)(土地の神様)で天孫の道案内をした神とされています。

 

 室町時代になると道祖神(どうそしん)・船魂神(ふなたましん)・ちまた神・白ひげの明神などと幅広く解釈されました。

 

 猿田彦が庚申の神として飛躍的に普及し、庚申塔に文字や像として刻まれるようになるのは江戸時代中期以後です。

 

 猿田彦大神が「庚申さん」になったのは、神道学者山崎闇斎(あんさい)(1618〜82)によって提唱されたことに始まります。明治にかけて庚申猿田彦説は民間に深く浸透し、全国に広まりました。

 

 

 この猿田彦大神の銘文は正面に、日天・月天を配し、

「猿田彦大神」

 

左側に

「明治四十二年正月十五日・天王原坪建之」

 

 明治42年(1909)で、この猿田彦大神は天王原の旧組によって庚申講が組織され、以前は毎回の庚申の日に祭礼をしていましたが、近年では初庚申・終(しま)い庚申のみが行われています。講中には、青面金剛の庚申掛軸も大切に伝わっています。

 

 時間を超えて過去・現在・未来へ、私たちも先祖を大切にして来た文化を語り継ぎ、守り伝えたいと天王原の皆様との語(かた)らいの中で感じました。

 

 石造 高さ100cm

 

平成6年(1994)5月20日 第292号掲載

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