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ふるさと探訪(25) 天祭(1)

東下ヶ橋の天祭用天棚

 江戸時代の中ごろ、幕府に仕えていた暦学者が夏の終りごろのある日、海上に出て釣を楽しんでいたところ、空模様が急に変わり予想もしない大シケの悪天候になったという。現在なら事前にわかるところだが、そこは昔である。

 

 その時、一緒に同伴した漁師から「今日は二百十日だったからね。」と教えられたという。すでに二百十日という用語があったらしく、それからつくられた暦には二百十日とか、二百二十日という日が記されるようになったとの話である。

 

 

 

 立春から数えて二百十日と二百二十日は荒れ日と伝えられていた。このころは台風がやって来る季節だからである。

 

 農家の人達は台風がくると、丹精(たんせい)こめて作った作物も水の泡になってしまう。何しろ相手は自然現象で人間の力ではどうにもならない。そこで神や仏の頼みとする祈願の行事、これが天祭である。天祭は別名、風祭りなどとも呼ばれ県内にも広く分布し、町内では、東下ケ橋(さげはし)・和久(わぐ)・申内(ざるうち)・北組南・田中・釜根(かまね)・古田・立伏(りゅうぶく)・上組・下組・宝井下など古くから行なわれていたようである。現在、町中央公民館に天祭の天棚と呼ばれるものが展示してあるので、見学していただきたい。

 

昭和53年(1978)9月20日 第104号掲載

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