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ふるさと探訪(34) 天祭(10)

大正9年の天祭風景

古田の祭り

 

 古田地区でも古くから天祭の行事があったといわれ、明治初年(1868)天祭小屋の火災があり天棚などの祭礼用品を焼失し、以後取りやめということになったところ疫病・火災などしきりに発生したと言います。

 

 今年82歳になるもなお、矍鑠(かくしゃく)とした飯岡善太さんを訪ねていろいろ聞いて見ることにしました。

 

 

 

 現在の天棚は旧羽黒村冬室の所有であったが、大正時代に当地の青年が天祭にかこつけ賭博(とばく)などの悪習が流行したため、長老の意見により、よそに譲ることになりました。その話を聞いた古田地区では大正8年(1919)に金500円で冬室から購入したものだそうです。当時玄米1俵が10円ぐらいであったそうで、かなりの大金になります。

 

 大正9年(1920)に、天祭を初めて実施、太平洋戦争中(1941〜1945)は毎年旧盆に、戦後は昭和22年(1947)、23年(1948)に行われたままで、現在は9月1日に虫干し程度で全く祭礼をやっておりません。彫刻は磯部儀十、菊政の作といわれ、御行様は二人選ばれ古川で斎戒沐浴(さいかいもくよく)をすることになっています。現在は祭礼の道具はあってもお囃子(はやし)などをやる人がいないのが悩みだということです。

 

昭和54年(1979)6月20日 第113号掲載

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