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路傍の神々(73) 宝井下自性院の大日如来

 一雨毎に木々の活力を感じ、八重桜から鈴懸(すずかけ)へと花も移って行きます。

 

 江戸時代の農村風景を残し、水田と清流に囲まれた宝井下の里があります。

 

 その里の公民館、神社を中心とした一角に自性院があります。今回はこの自性院の本尊大日如来を訪ねます。

 

 大日如来は宇宙を神格化した仏で、奈良時代に建立(こんりゅう)された東大寺(奈良県奈良市)の大仏(毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ))は特に有名で密教の根本教主です。その智恵の光明は、昼夜の別がある太陽の威力を上まわることから大日と呼び、光明が四方を照らし大光明遍照(だいこうみょうへんじょう)といいます。

 

 宝井下の自性院については明治元年(1868)の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)に伴って廃寺になったと考えられています。下組の密興寺の末寺であったことの外は不明な点が多く、自性院を偲(しの)ぶものはこの大日如来と御堂、御堂前にある宝篋印塔(ほうきょういんとう)となっています。

 

 

 

 堂内の沿革史には寛政4年(1792)とあり、おそらく寺の創建年と思われます。

 

 大日如来の造立については、蓮弁(えんべん)内側に墨書(ぼくしょ)があります。

 

「宇陽大仏師 (※うるし)橋」

「享和二年壬戌年 五月吉日」

「再 寅久」

 

像の結跏跌坐(けっかふざ)の部分裏面に、

「下田原村 自性院 栄弁」

とあります。

 

 宇都宮の大仏師法橋(ほうきょう)が享和2年(1802)壬戌(みずのえいぬ)の5月に寅久によって再建されたと思われます。当時は栄弁さんが自性院の住職であったと推定できます。

 

 何気ない風景に溶け込んでいる御堂にも詳しく調査することによって過去の歴史が少しずつ理解できること。心を未来へ伝えることの大切さを思いました。

 

 高さ 52cm 桧寄木造

 

平成11年(1999)4月20日 第351号掲載

※うるし

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