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岡本あれこれ(29) 弥左衛門河岸

 河岸とは、農産物やその他の物資を輸送するために造られた川の港をいいます。

 

 根古屋(ねごや)の庄屋小森弥左衛門の造った「弥左衛門河岸」がありました。場所は、和久と根古屋境付近でした。いつごろ造られ、いつごろまであったのかは判然としませんが、元禄(げんろく)10年(1697)の岡本筋大庄屋玉生勘右衛門勝吉の差出帳(さしだしちょう)によりますと、当時の宇都宮藩の江戸詰役人やその家族の禄高米(ろくだかまい)や、年貢米のうち、殿様が江戸の蔵前にある藩米貯蔵所に収納すべき米穀類等の相当部分は、この弥左衛門河岸から積み出されたものと考えられます。

 

 

 岡本には鬼怒川の川下に「笛の目河岸」という河岸もありましたので、そこからも積み出されたものもありました。弥左衛門河岸跡には「コメツンバ、舟着場、オリット、米蔵跡」等の地名が残っていました。

 

 河内町誌には米420俵(6.3t)を積んだ舟が、江戸まで乗り込んだように書かれていますが、それほど大きな船はこの辺では乗りこなせないと言って、町誌の見方を誤りとする人も居(お)ります。しかし、私は可能性はあったと今でも考えています。

 

平成3年(1991)1月20日 第252号掲載

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