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郷土史話(9) 江戸時代の河内町 各村の石高

藩主 藩主になった年
奥平家昌 慶長 6年(1601)
奥平忠昌 慶長19年(1614)
本多正純 元和 5年(1619)
奥平忠昌 元和 8年(1622)
奥平昌能 寛文 8年(1668)
松平忠弘 寛文 8年(1668)
本多忠平 天和 元年(1681)
奥平昌章 貞享 2年(1685)
奥平昌成 元禄 7年(1694)
阿部正邦 元禄10年(1697)
戸田忠真 宝永 7年(1710)
戸田忠余 享保14年(1729)
戸田忠盈 延享 3年(1746)
松平忠祇 寛延 2年(1749)
松平忠恕 宝暦12年(1762)
戸田忠寛 安永 3年(1774)
戸田忠翰 寛政10年(1798)
戸田忠延 文化 8年(1811)
戸田忠鑑 文政 6年(1823)
戸田忠明 嘉永 4年(1851)
戸田忠恕 安政 3年(1856)
戸田忠友  元治 元年(1864) 

 河内町は中世には宇都宮氏の支配を受け、江戸時代には宇都宮藩の支配を受けた。歴代の宇都宮藩主は左記の通りである。

 

 河内町の各村のうち叶谷(かのや)と逆面(さかづら)は宇都宮二荒山神社の神領で同社の支配をうけていた。

 

 さて各村を直接支配し、税の取立などに従事したのは、藩の郡奉行とその配下の役人たちで各村の地検を行い、田や畑を上田・中田・下田・下々田の五等級に分け、その取れ高をきめ税徴収の基礎とした。畑も同様である。この辺では上田は一反歩につき一石二斗(いっこくにと)から九斗、下田で七斗から三斗、上畑は六斗から四斗収穫があるとみられた。

 

 各村の石高は次の通りである。

下岡本村 924石 中岡本村 1073石
上岡本村 404石 白沢村 368石
下ヶ橋村 537石 長峰新田 19石
古新田 216石 上田原村 872石
下田原村 1369石 大塚新田 9石
広表新田
(宝井)
15石 新々田 51石
立伏村 405石 叶谷村 123石
逆面村 231石 6656石

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