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路傍の神々(56) 田中の子育地蔵

 実りの秋も過ぎ、家々の軒先には干柿が目に鮮(あざ)やかに映る季節になりました。国道四号線を越えて田中集落へ足を進め、公民館西側の石仏群の中から、今回は子育地蔵を訪ねます。

 

 地蔵は常に六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)をめぐり、衆生を救い極楽に往生(おうじょう)できるように力を貸してくれるとされ、民間信仰と強く結びつき、広まりました。

 

 火防(ひぶせ)・盗難除(とうなんよけ)・病気平癒など、庶民のあらゆる願いを叶えてくれる身近な仏様として親しまれています。

 

 冥土に至る途中にある「賽(さい)の河原」で、親に先立って死んだ子供たちが、この河原で父母や家族への追慕の念にかられ、小石を積み河原で遊ぶが、夕方に鬼が来て蹴ちらして子供たちをいじめる。そこへ地蔵菩薩が現れて、逃げ回る子供たちを温かく守るという仏教説話(賽の河原地蔵和讃)から、地蔵と子供は結びつき、子育・安産地蔵の名で信仰され現在に続いています。

 

 

 

 田中の子育地蔵は、座像で、右手に錫杖(しゃくじょう)、左手には幼児を抱いています。六角形の台座に、

 

「女人講中」

「元治元年 三月吉日」

 

とあり、元治元年(1864)です。

 

 田中の子育地蔵を見ながら、子供たちをとりまく環境も大きく変化しました。

 

 特に江戸時代後期には地方によって「間引き」なども行なわれ、健やかな子供の成長を願う親心と反して、それを許さなかった社会的、経済的状況なども考えたいと思います。

 

 子供が子供らしく伸び伸びとまっくろになって遊ぶ時代が、再び来ることを願って、幼き頃に思いを馳(は)せました。

 

 高さ122cm 石造

 

平成9年(1997)11月20日 第334号掲載

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