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路傍の神々(91) 白沢南の須賀神社

 五穀の実り収穫に感謝し、春の期待・夏の戦い・秋の喜びに変わり、鎮守(ちんじゅ)の杜(もり)に祭礼の幟(のぼり)が人々の思いの中に、はためく頃になりました。

 

 今回は白沢宿の南東部、農村自然環境整備事業の中心となる公園予定地のそばにある須賀神社を訪ねます。

 

 地元では「お天王さん」と呼ばれて親しまれ、毎年7月14・15日を祭礼としています。

 

 現在は白沢南公民館前広場で行われていますが、以前は宿に神輿(みこし)が渡御(とぎょ)し、猿田彦命(天狗)を一対飾り、村内安全・無病息災(むびょうそくさい)・五穀豊穣(ごこくほうじょう)を祈ります。

 

 須賀神社の由来については不明な点もあり、今後の研究に委(ゆだ)ねる所が多いが、江戸時代中期には成立していたと思われます。

 

 

 

 本殿内部の木札には、

 

「享和三年発亥九月吉辰」

「津島神社より分霊」

 

とあり、享和3年(1803)に愛知県津島市にある疫病(えきびょう)除けの守護神として有名な津島神社から分霊、御神体(ごしんたい)としたことが記されています。

 

 祭礼に使用する御輿の奥付に

 

「下野 宇都宮住」

「彫物大工 新蔵」

「藤原吉長 花押」

「寛政十一年 六月吉日」

 

とあり、寛政11年(1799)6月に宇都宮に住む大工新蔵、藤原吉長によって作られたことが記されています。

 

 江戸時代中期のころから、農村も次第に豊かになり、人々は夏・秋など神々と共に過す日を「コト日」として祭礼を行うゆとりが出て来たと考えられます。

 

 祭礼の後は直会を行い、祭礼当番の慰労(いろう)と集落の結束(けっそく)を確認したとされます。

 

 現在では隣近所との関係が希薄(きはく)になっていることを思うと、祭りの大切さを感じます。

 

平成12年(2000)10月20日 第369号掲載

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