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路傍の神々(85) 白沢地蔵堂境内の宝篋印塔

 花に酔う頃は夢の如く過ぎ、ふと気が付けば桜の蘂(しべ)降る季節に移ります。

 

 河内町役場から白沢宿に向い、坂を降りる辺りの右側に白沢地蔵堂があります。今回は境内石仏群の中から宝篋印塔(ほうきょういんとう)を訪ねます。

 

 宝篋印塔とは、宝篋印陀羅尼経を納める供養塔で鎌倉時代中期頃から造立され、時代や地方によって変化していますが、全国各地に広く分布しています。

 

 日本では本来の教典にこだわらず供養塔として定着しました。

 

 この宝篋印塔には塔身部分に、金剛界四方仏の種子(しゅじ)(梵字(ぼんじ))、格狭間(こうざま)部分には経文(きょうもん)が刻まれ 

(西面) (北面) (東面) (南面)
経日若人暫 若有者情能此塔 四大天王與 若者應口阿
見此塔能除 一香一華礼経供 諸眷属書夜 鼻地獄於此
一切災難其 養八十億劫生死 護衛日月益 塔一礼拝一
處無人畜男 重罪一時滅口生 星與(※とう)利天 右遠塞地獄
女疫癘之患 究災殃死生佛家 三時(※らい)供(※表外漢字) 門開菩提路

とあります。

 

 

 

 基礎部分の西面には、

 

「上岡本村惣講中」

 

南面には、

 

「奉造立寶篋印塔 古應趣者 一結構中 現世安穏後生善處 心中祈願 皆今満足天下法界 平等利益而己」

 

東面には「寶暦六丙子 稔 霜月吉日」とあります。

 

 村人が仏の教えを通じて、一つになろうとした事が刻まれています。

 

 宝暦6年は(1756)で、丙子(ひのえね)にあたります。

 

 基礎部分の大谷石は後補(こうほ)で、相輪(そうりん)部分は欠損しています。

 

 素朴な祈りに触れ、さわやかな風が過ぎて行きます。

 

高さ3m 石造

 

平成12年(2000)4月20日 第363号掲載

※とう

※らい

※表外漢字


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