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路傍の神々(48) 白沢甲部の北野神社

 月日の流れを人生の節目で感じる春です。野や山の萌(も)える季節を目の前にして外に出ました。

 

 春の日射しに少し元気を取り戻した鯉が泳ぐ奥州街道第一宿「白沢宿」を北へ向かい、九郷半川を渡ると、河内郵便局の反対側に白沢甲部公民館があります。公民館前の道を川沿いに南へ行くと今回訪ねる北野神社があります。

 

 北野神社は別名「天満宮」とも呼ばれています。

 

 平安時代前期の公卿(くぎょう)・学者・文章博士、菅原道真・承和12年〜延喜3(845〜903)を祭神とする神社です。

 

 通称「天神さん」・「天神様」と呼ばれて親しまれています。

 

 京都市上京区の北野天満宮、福岡県太宰府市の太宰府天満宮、東京都文京区の湯島天神などは特に有名です。

 

 

 

 藤原氏の他氏排斥(はいせき)により延喜元年(901)に太宰権師に左遷(させん)され2年後に太宰府にて横死した後、都では藤原氏一門の変死が連続して起り、天災人災、洪水に疫病(えきびょう)、夜には彗星(すいせい)が出現したりして、人心を不安にしました。落雷、大火の次には旱魃(かんばつ)、秋には大暴風雨が見舞い、約30年間も社会不安が続き、延長8年(930)6月の清涼殿落雷事故は有名で、これらは菅原道真の祟(たた)りであるとされました。

 

 北野神社は、怨霊(おんりょう)を鎮(しず)める御霊(ごりょう)信仰から時代と共に変化し、雷を粗末にすれば天災に見舞われ凶作になる、しかし雷を天神の使者として大切にすれば良い天候と豊作に恵まれるといわれ、農耕神としての性格が強くなりました。

 

 菅原道真が学問によって出世したことから、学問の神としても信仰され、受験シーズンなどは多くの人がお参りするそうです。

 

平成9年(1997)3月20日 第326号掲載

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