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郷土の文化財(6) 逆井戸

逆面の逆井戸

 大字逆面(さかづら)の畑地に古井戸がある。これが逆井戸であり、逆面の地名誕生のいわれを秘めた井戸といわれている。

 

 宝亀元年(770)8月下野薬師寺に配流されていた弓削道鏡は、末寺めぐりの旅をして気をまぎらわしていた。

 

 ある年の夏のこと、この辺に来た時、あまりの暑さに水がほしくなり、あたりを見回すと荒地の中に井戸があり清冽な水をたたえている。飲もうとした時、驚いたことに自分の顔が逆さに映っているではないか。井戸の水まで自分をばかにしているのか。と大いに怒った道鏡は、付近の人に「この辺りを逆面といえ。」といって立ち去ったという。

 

 この伝説は、相当有名であったらしく、天保13年(1842)12代将軍徳川家慶から日光社参の折、逆井戸についてお尋ねがあったので、地元から地頭所へ申し上げた古文書が残っている。

 

 口上覚

 字愛宕下と申す所の畑中に少々一間四方程の塚御座候うて、井戸の形有りて年々幣帛相納これを逆井戸と唱い来り候。昔は逆連村と申候処逆面と相改り候儀は何にも印、留書等一切御座無候えば相分り申さず只、先々より言伝わる計りに候。以上

 天保十三年四月

 

 このように伝説を実証するものは何もないが、地区の人たちは言い伝えと共に、この井戸を大切にしてきたのである。

 

 最近、井戸の回りが整理され松なども植えられきれいになったが、それもこの気持の表われであろう。

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