江戸時代
本陣は宿の中央
公衆便所は宿の南入口
1915(大正4)年
2020(令和2)年
北半分の白沢村と南半分の上岡本村で構成された白沢宿は、江戸時代、参勤交代の制度確立とともに奥州街道の第一宿として賑わいました。
宿内には、主に大名が宿泊する本陣と、本陣に収容しきれない時や、本陣に支障などがある際のための脇本陣が設けられていたほか、大小の旅籠屋が13軒ありました。
白沢宿では、本陣が宇加地家に、脇本陣が福田家に設けられ、それぞれ名主・庄屋を勤めました。
現在は街道の両側に用水路が流れていますが、かつては一筋の流れが中央にあり、旅人が足を洗うほか、防火用水や馬の飲み水に使われました。
河内ふるさと探訪 宇都宮文化財マップより
『白沢宿のまちなみ』が令和2年度に市民遺産(みや遺産)に認定されました。